横浜地方裁判所 昭和62年(行ウ)17号 決定 1988年2月08日
原告
医療法人社団 亮正会
右代表者理事
加藤信夫
右訴訟代理人弁護士
中町誠
被告
神奈川県地方労働委員会
右代表者会長
秋田成就
右訴訟代理人弁護士
大村武雄
被告補助参加人
総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部
右代表者執行委員長
茅根宏明
同
総評全国一般労働組合神奈川地方連合川崎地域支部高津中央病院分会
右代表者執行委員長
関山進
右両名訴訟代理人弁護士
福田護
同
野村和造
同
岡部玲子
同
鵜飼良昭
主文
原告の異議申立を棄却する。
理由
第一当事者の申立
一 申立の趣旨
弁護士大村武雄は本件につき弁護士の職務として被告の訴訟代理をしてはならない。
二 申立の趣旨に対する答弁
原告の異議申立を棄却する。
第二当事者の主張
一 申立の理由
1 弁護士大村武雄(以下「大村弁護士」という。)は横浜弁護士会所属の弁護士であり、昭和六一年被告委員会の公益委員に任命され、現在もその職にある。
2 大村弁護士は昭和六二年七月三日第九二九回公益委員会議に出席し、同日行われた本件初審神労委昭和六一年(不)第一〇号不当労働行為救済申立事件についての合議に関与した。
3 大村弁護士は被告より委任を受け、本件訴訟の被告訴訟代理人として訴訟行為を行っているが、本件訴訟は前記不当労働行為救済申立事件について被告が昭和六二年七月一五日付でなした救済命令の取消を求める訴えである。
4 大村弁護士の右訴訟行為は、弁護士である同人が公務員(公益委員)として職務上取り扱った事件につき訴訟代理をなすものであり、弁護士法二五条四号に違反し、無効である。
5 よって、原告は申立の趣旨記載の裁判を求める。
二 申立の理由に対する認否
1 申立の理由1ないし3の事実は認める。
2 同4のうち弁護士法二五条四号に関する主張は争うが、その余の事実は認める。
3 同5は争う。
第三当裁判所の判断
一 申立の理由1ないし3及び4のうち弁護士法二五条四号に関する主張を除くその余の点は被告の争わないところであり、一件記録によっても、これを認めることができる。
二 弁護士法二五条四号によると、弁護士は「公務員として職務上取り扱った事件」については、その職務を行ってはならない旨定められているから、前記一の事実からみると、大村弁護士が本件訴訟で弁護士として被告の委任を受けて訴訟行為をすることは、形式的には一応右禁止規定に抵触するように解されなくはない。
しかしながら、形式的に右禁止規定に抵触する全ての訴訟行為を無効と解すべきではなく、同条の立法の趣旨・目的に鑑み、実質的に禁止理由が存する場合にのみ訴訟行為を禁止し、その抵触行為を無効と解すべきであり、それにより同条の目的を達し得るものというべきである。
よって、同条の立法の趣旨・目的を検討するに、同条が弁護士「公務員として職務上取り扱った事件」について同弁護士にその職務を行うことを禁じた趣旨・目的は弁護士が公務員として職務上取り扱った事件について弁護士として受任しその職務を執行することにより公正らしさを失ない、又は弁護士としての品位を汚す行為に出ることを防止するとともに、かかる弁護士が訴訟に関与することによって、関係当事者の利益が害されることを防止するにある。
ところで、本件は弁護士が労働委員会の公益委員として不当労働行為救済申立事件の合議に関与し、右救済命令取消を求める訴えに関し、労働委員会の委任を受けてその訴訟代理人として職務を行うものである。
労働委員会は専門的行政委員会として不当労働行為救済申立事件に関し申立人(労働者側)と使用者という対立当事者間の紛争を審理判断(審査、救済)する準司法的機関である。かかる準司法的機関は事件処理に当たり公正さ、中立性を保持すべきは当然であり右機関の構成員ないしその地位にあった者も関与した事件について公正さ、中立性を保持することが求められる。
本件についてみると、公益委員として事件処理に関与した弁護士は弁護士としての職務を執行するに際しても、公益委員としての公正さ、中立性を保持しなければならないということであり、右の公正さ、中立性を保持することが、すなわち、弁護士としての職務執行の公正さないし品位を保持する所以である。具体的には、公益委員である(ないしはあった)弁護士が一方当事者から委任を受け、労働委員会の判断を失当として非難する立場で職務を執行することは勿論弁護士としての職務執行の公正さないし品位保持を害すること明らかであり、また、他方当事者から委任を受けて労働委員会の判断の正当性を主張することも、労働委員会の判断を失当として非難する前記の場合に比すれば、弁護士の職務執行の公正さないし品位を害する程度は少ないにしても、公益委員といういわば判定者の立場と当事者の訴訟代理人としての立場を兼ねることとなり、弁護士としての職務執行の公正さないし品位を害するというべきである。
しかしながら、救済命令取消訴訟において公益委員である弁護士が労働委員会の訴訟代理をなすことは、労働委員会の立場に立って労働委員会の判断の正当性を主張することであるから、不当労働行為救済申立事件の当事者の一方に偏することなく、また自己が関与した判断と矛盾する立場に立つものでもないから弁護士の職務の公正さないし品位を害することはないというべきであり、また、関係当事者の利益を害することもないというべきである。
なお、公職にあって処理した事件について弁護士が訴訟代理した場合、自己が処理した事件であることにこだわって、弁護士の職務に無理が生ずることがあり得るとの指摘があるが、弁護士の職業倫理から考えて、かような事態が生ずることが多いとは解されず、右の点を弁護士法二五条四号の禁止規定の実質的根拠とすることは相当でないものというべきである。
また訴訟委任を受け、弁護士の職務を行えば、弁護士は報酬を受けることにはなるが、訴訟代理は非常勤である公益委員としての通常の職務に含まれるものではないから、弁護士報酬を受けることが、報酬の二重取りであって、弁護士の品位を害すると非難するにあたらない。
以上のところは、公益委員である当該弁護士を指定代理人に指定することができる「労働委員会規則四六条)ことをもってしても、その結論を左右するものではないというべきである。
三 以上によれば、労働委員会の公益委員として事件に関与した弁護士が、救済命令取消訴訟に労働委員会から訴訟委任を受けてその訴訟代理人として訴訟行為をなすことは弁護士法二五条四号に違反すると認めることはできない。そして、大村弁護士が本件訴訟の被告訴訟代理人として訴訟行為をなすのも右と同一の形態であるから、同弁護士の訴訟行為も同法条に違反するとは認めがたい。
よって、原告の本件異議申立は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 青山邦夫 裁判官 青木晋)
異議申立書
申立の趣旨
弁護士大村武雄は本件につき、弁護士の職務として被告の訴訟代理をしてはならない。旨の裁判を求める。
申立の理由
一、弁護士大村武雄(以下「大村弁護士」という)は、横浜弁護士会所属の弁護士であり、昭和六一年被告委員会の公益委員に任命され、現在もその職にある。
二、大村弁護士は、昭和六二年七月三日第九二九回公益委員会議に出席し、同日行われた本件初審神労委昭和六一年(不)第一〇号不当労働行為救済申立て事件についての合議に関与した。(同人の自認するところ)
三、しかるに、大村弁護士は、被告委員会より委嘱をうけ、本件訴訟の被告の訴訟代理人として、昭和六二年一〇月一三日本件訴訟第一回口頭弁論に出頭し、かつ答弁書を陳述する等の訴訟行為を行った。
四、同弁護士の右訴訟代理行為は、弁護士である同人が公務員(公益委員)として職務上取扱った事件につき、訴訟代理をなすものであり、弁護士法第二五条四号に違反し、無効である。(弁護士法第二五条第四号違反の訴訟行為の効力を無効とするのは定説である。最判昭和四二年三月二三日民集二一巻二号四一九頁、最判昭和四四年二月一三日民集二三巻二号三二八頁等)
五、したがって原告は、同弁護士の右行為について、同日の口頭弁論において、ただちに同弁護士の行為は、弁護士法違反である旨異議を申し述べ、更に申立の趣旨記載の裁判を求める次第である。
六、尚、中労委等で通常行われている指定代理人制度と本件訴訟代理人の差異が問題となるがこの点は前掲最判昭和四二年三月二三日の判例解説「一九」九九頁において、すでに最高裁の見解について、「最高裁昭和二九年六月一五日判決との関係であるが、選挙管理委員会を当事者とする訴訟について、委員長が地方自治法に基づき自己の臨時代理者として訴訟行為を行なうことを委員に委任したときは、たとえその委員が弁護士であったとしても、その者の行為は弁護士の職務を行なったことにはならず、弁護士法二五条の適用はないわけであり、既述の判決はこの場合に関する。これに反し、委員長が弁護士に訴訟代理を委嘱したときは、その弁護士が委員であっても、同人の訴訟行為は弁護士の職務を行なうことになり、上掲の上告判決の判旨はこれに適用されることになろう。結局委員長の委任の趣旨いかんにより、委員たる弁護士の訴訟行為に前記二五条四号の適用の有無が決まるわけである。」と明確に指摘されており、本件類似のケースについて、京都地裁(昭和五一年九月九日決定判例タイムズ三五一号三四〇頁)は同一の見解をとり、指定代理人ではなく委任による訴訟代理人となることは、その処理に関与したことにこだわり弁護士の職務に無理が生ずること及び報酬の二重取りは品位・信用上防止を要することを理由に弁護士法二五条四号違反により当該弁護士の排除を認めている。(尚、神戸地決昭和五五年四月一八日判例時報九七五号一三一頁も、明らかに指定代理のみを肯定する趣旨である。)
従って、原告も、仮に同弁護士が本件訴訟に指定代理人として関与されるのであれば異議はない(現に本件の緊急命令申立事件(六二年(行ク)第九号)については同弁護士は本件と異なり、指定代理人という立場で関与されている)ことを付言する。
以上